ひとたび合併症が発症してしまうと、まさに生命の危機にも瀕する糖尿病ですが、合併症が現れない限りは、運動・食事療法、そして薬物療法が基本となります。糖尿病になるとふつう、何種類もの薬を処方されます。「血糖値を下げるには、こんなにたくさんの薬を飲まなければならないのか」と思いつつ、「これだけ薬を飲めば健康になれる」と期待して、多くの患者は薬を飲んでいるのです。しかし、この薬物療法には重大な問題が潜んでいます。 どんな薬にも、主作用があれば必ず副作用があります。西洋医学で使う科学的に合成、精製された薬の場合、主作用が強い分、副作用も強くなります。糖尿病の場合、処方されるたくさんの薬の大部分は、そういった副作用を抑えるための薬なのです。副作用を抑える薬を飲むと、また別の副作用が出る恐れがあるので、今度はそれを抑える薬を‥…と、雪だるま式に薬がどんどん増えていくのです。このように次々と薬を飲んでいたら、必ず身体の細胞が傷つき弱り、その結果、身体がどんどん衰弱していきます。 病気を治すための薬が、身体を損ねてしまう。まるで悪い冗談ではありませんか。また、インスリン注射をひとたび始めたら、もうやめることはできないと考えられています。いわば、外から人工的にインスリンを注入するわけですから、インスリンを分泌するすい臓自身がもっていた機能はどんどん低下し、やがては完全にインスリンの製造を停止してしまうのです。つまり、さまざまな薬の処方にしても、インスリン注射にしても、「対症療法」を行っているだけで、けっして根本的な治療ではないということです。ここが、現代医学(西洋医学)の限界でもあるのです。糖尿病に対しては、症状の進行をなだめ、QOLの低い生活を余儀なくし、ただ生きながらえさせるだけの療法でしか、現在の西洋医学では患者に対処できないのです。糖尿病が、完治の望みのない不治の痛≠ニも言われるゆえんです。妄活習慣病」と言うと、ややもすると、それほど重度の疾患ではないようなイメージをもたれがちですが、じつは生命を脅かす危機を秘めた恐ろしい病気が、糖尿病なのです。 その恐ろしい病気と、私たちは背中合わせで日々の生活を送っているというわけです。 自然医学が不治の病〃を救う では、糖尿病は本当に不治の病≠ネのでしょうか?たしかに、現在の西洋医学の観点からは、その答えはイエスと言わざるをえません。しかし、現代の高度医療が、もともとは原点としていた「自然医学」の観点に立ち返れば、必ずしも糖尿病に白旗を掲げる必要はないのです。自然医学とは、ひとことで亭貪人間がもともともつている自然治癒力を高めることによって、すべての慢性痛の自然治癒をはかっていく医学です。自然治癒力によって健康と生命を守るという考え方は、数千年前のインド医学や中国医学など、非常に古い歴史をもつものです。そもそも、西洋医学もその原点は自然医学であったのですが、科学の発達とともに、自然医学の視書いつしか見失ってしまったのです。現代の西洋医学と、東洋を中心とする自然医学の根本的な違いは、前者が、病気の症状を局所的、対処法的禦からしか見ないのに対して、後者は身体全体を見て、生命・自然のバランス、リズムの崩れとして病を捉える点でしょう。 人類の長い歴史の中で体験的に裏打ちされた自然医学の理論は、化学的に合成された薬品などに頼らず、自然に健康を甦らせていく医食同源″の食事療法にその源があります。 自然の中で生かされている人間が、生命のバランスを撃えるエネルギーを食べ物から得ることによって、大自然の生命のリズムと一致した「身体リズム」を取り戻すことができる。 その結果として、誰もが健康で長寿をまっとうすることができるというわけです。 この自然医学の観点からすると、糖尿病は、「全身をめぐる血液と神経の病気」という捉え方をします。 すべての生き物は、身体にとって必要な成分を外から取り込み、身体中にそれを行き渡らせて生きています。人間ももちろん同じで、身体の隅々まで張り巡らされた血管を通して、神経の働きによって必要な場所へ必要なものを送る、この繰り返しで生きているのです。それがうまく働かなくなると「病気」になるのです。 っまり糖尿病も、身体のある部分が「故障」したのではなく、全身のバランスの崩れから起こるものと考えられるのです。過食や運動不足などで代謝がうまくいかない状態が続くと、血液が汚れてきます。そして、そうした汚れた血液が、身体の隅々まで巡っていくと、最初に起きるのが糖尿病です。言い換えると、糖尿病は、全身のバランスが崩れたという「危険信号」なのです。仲間 |
| 血液と神経の不全が、すべての病の引き金になる 毛細血管が集中している讐の中でも、もっと臭切姦器のひとつがすい臓です。他に肝臓、脳、日も、毛細血管が集中しているとても繊細な讐です。インスリンを分泌するすい臓が、汚れた血液によって汚染され、正常に働かなくな烏と、インスリンの分泌も正常ででなくなり、糖尿病の症状が出てくるのです。糖尿痛とは「血液中の血糖値が高い状態が続くか、あるいは現在、血糖値が高くなくても(過去に糖が高かったため)目や腎臓に糖尿病の合併症がある状態」のことです。健康な人の血液はサラサラ流れるので、流れが速く血のめぐりが良いのです。一方糖尿病患者の血液はドロッとした血でゆっくりと流れます。また、糖とタンパクが結びついたものが原因となって、ちょうど古い水道管に水垢がたまるように動脈硬化を起こします。そうして血管が細くなった結果、血管に圧力がかかり、血圧も上がります。血圧が上がれば当然血管壁も固くなり動脈硬化も進みます。肝臓にも支障がでます。ドロドロの血液が全身を廻るのですから、内臓によいわけがありません。さまざまな病状を引き起こします。それが、前述のさまざまな合併症というわけです。 目の網膜の毛細血管に汚れた血液が送られると、細く弱くなり血液の流れが悪くなります。また、血管にこぶができて出血したり、血管の内腔がつぶれて塞がってしまうこともあります。これが、網膜症です。 腎臓は血液をきれいに濾過する臓器です。血液を濾過する部分は糸球体といわれ、毛細血管の固まりのようなところです。糖尿病で高血糖の血液が流れ続けると、この毛細血管が詰まってしまい、動脈硬化のように固くなり、血液を濾過してきれいにできなくなってしまうのです。糖尿病の典型的な症状に頻尿がありますが、これは腎臓が正常に働かなくなっている証拠なのです。脳は言ってみれば、神経の固まりですから、脳のストレスが、神経を伝わって全身的な調節機能に変調を与えるのは当然といえるでしょう。血液同様、神経はあらゆる臓器に影響を与えますから、繊細な臓器の機能が少しずつ狂ってきます。糖尿病が、精神的なストレスを要因の一つにあげている理由です。このように糖尿病をはじめ、すべての病気が「血液と神経」によって引き起こされ、それが全身に影響を与えていることを、ご理解いただけたでしょうか。「血液と神経」は全身的なものですから、単に個々の臓器の問題ではありません。そういうわけで、糖尿病は、個々の臓器の機能を問題にする西洋医学では、なかなか治せない分野なのです。 |